はじめ君の記事の後なのでちょっと後出し気味になってしまうけど・・笑
10月半ばぐらいからぽつぽつと自分の思いを書き溜めしてました。
長くなるけれども、良ければ一読を。
僕はバンドというものをかれこれ高校生の頃から、約10年ぐらいやっている。
高校生の頃から大好きだった、Hi-STANDARD,BRAHMAN,going stedy,MONGOL800,その他諸々の大好きだったアーティストをコピーしまくった。
当時高校生だったので、あまりお金を持っていなく友達が買ったバンドスコアをコピー機で複写してもらったりしていた。
しかし、インディーズのバンドのスコアなんてほぼ無いに等しかったので、自分で買ったCDや、同様に金がなかったので一つのCDをみんなで聴くためにMDに入れてもらったりと、沢山の楽曲をワントラックリピートで耳コピし続けた。
ギターを弾く喜びや楽しさっていうものを存分に感じた時期でもあるので、作業というより音楽というものを研究をしている感じに近かったと思う。
ここでこういう展開をして、こういうコード進行があって、ここでこうメロディが入ってくるんだ、とか。
僕にとって音源は音楽の教科書だった。
そんな高校生活も卒業し、その次の"オリジナル曲、自分のバンド"というステップへ自分は進んだ。
今思い返してみれば、BLINK182やNEW FOUND GLORYの西海岸系メロディックを好んで聴いていたので、それに影響された楽曲を作りまくっていた。
中にはgreen dayのマイノリティを無意識とはいえほぼパクったような楽曲があったりするので、そんな流されまくり、影響されまくりの自分を今でも当時の音源を聴くと少し恥ずかしくも懐かしくもなる。
それでもライブをしながらなんとなくではあるけれども、バンドというものの存在が分かってきた。
ライブハウスに出れば全然知らないけどめちゃくちゃうまい名古屋のバンドや、県外からのツアーバンドでレベルの高さというのはすぐ身に染みた。
そういうものを見て、自分達はどうしていくべきなのか、みたいなものをよく話し合っていた。
が、肝心のバンド活動のほうは迷走しまくっていた。
自分の小さなテリトリー内の世界ではあるが、周りの同世代の仲の良いバンド達(その当時diezelやthe'tude等)は評価されていくのに、なんで自分の作る楽曲は誰にも響かないんだろうか。
特にdiezelのボーカルのよしまるとは家で二人でよくギター弾きながら好きなバンドの耳コピや作曲をしていたので、痛烈に嫉妬した。
何がダメなんだ、何故ダメなんだ。
と、自問自答を繰り返す毎日で苛立ちと不安が続いた。
そんな中で良い楽曲が生まれれば良かったのだけど手応えのある曲が作れた事は一度もなかった。
そうなってくると、メンバー間の空気も何かしら歪んでいってしまった。
満足のいく活動も出来ないまま、メンバーが抜けた。
ライブが出来なくなり、スタジオに通う毎日になった。
昔、信じ合った音楽での絆はこの頃には薄れていってしまっていた。
当然、解散してしまった。
解散ライブをする、なんてカッコいい終わり方も取れないまま自然消滅する形で名古屋から消えていった。
僕は悲しかったし悔しかった。
昔「俺達で世界目指そうぜ!」なんて無茶で無謀な夢なのに、それを一緒に語り合いながら前を向いていた時があったのに、それがなんでこうなったんだろうと。
なんでこんな結末になったんだろうと。
実質バンドを動かしていた僕は不甲斐なさでたまらかった。
こんな結果になってしまったのも。全ての引き金は自分にある。と思った。
それから少し経って、wolcという今も継続しているバンドを組む。
このバンドでは前バンドに犯してしまった過ちや間違いを絶対にやらない。というコンセプトをテーマにしていた。
そうしたら本当に自分の納得いくものが良い環境で出来ると確信していたから。
良い楽曲とは何か。
良い歌詞とは何か。
良いバンドとは何か。
今も分かってないけれども、そんな事を常に考えるようにしていた。
だけどライブをし始めて1年を過ぎた辺りに、再びメンバーが抜ける。
これは音楽的な事情ではなくプライベートで個人的な事情によるものだったので、避けられない事であった。
それから程なくしてもう一人のメンバーも抜けてしまった。
この時点でサポートしてくれているメンバーはいるもののオリジナルメンバーは僕一人になってしまっていた。
僕は正直、音楽をまじで辞めようかと思っていた。
「音楽的なものはもちろん、人間的な魅力が俺にはないから、どんどん人が離れていっている。もう音楽やらなきゃこんな目にもあわない。」
っていうようにネガティブの塊みたいに落ちていった。
ただそんな僕を繋ぎとめたのがfoltだった。
wolcの活動と並行して、サポートギターとしてfoltにも参加していた。
きっかけは、2年前ぐらい前。
その当時、foltは既に4人編成になっておりギターにはshort film no.9のお兄ちゃん(しげや君)がずっと弾いていた。
僕はちょくちょくfoltのライブを見ていて、かっけーなぁ、なんて思っていた。
そして、その年の秋ぐらい。
ゆかりさん主催の新宿LOFTで名古屋バンドイベントが開かれている中、「wolcも呼ばれたかったぜー!くそー!」と悔しい思いをしてる頃ぐらいに、はじめ君から連絡があった。
「年末にクラブロックンロールのアニバーサリーライブにfoltとshort film no.9が対バンする事になってお兄ちゃん出れなくなったから、やってくれん?」
という感じのものだった。記憶曖昧だけど。
というきっかけで、これから僕のfoltとしての活動が始まった。
今までサポートというものをした事ない僕からしたら、正直良くも悪くもないポジションだった。
そんなつもりではやっていないものの、サポートという立場は何も考えずに演奏できて何も責任もなくステージに立ててるその楽な環境な部分と、バンド運営に苦労する本メンバーとの内面的な葛藤に参加出来ない申し訳なさがあるから。
メンバーのつもりで接していてもやっぱどこか違う部分というか壁というかそういうものを感じた。
そんな間に揺られながらスタジオやライブをやっていき、「サポートしてくれ」と連絡があった約一年後の秋に、folt自主企画this hereを経て僕は正式にfoltのメンバーに加入した。
サポートだった頃の曖昧な気持ちがなくなり本腰を入れてバンド活動が出来る事を本当に嬉しく思った。
まず僕個人の課題として、ライブを見に来てくれているお客さんやfoltと面識のあるバンドマンに、foltの正式メンバーとなった事をどうやったら認識してもらう事が出来るかを考えた。
直接的に聞いたわけではないけど、7年活動しているバンドによくわからない人間が入って来たわけだからそう映ってしまうだろうと考えたから。
それに形だけの認識でなく、僕とウッチーが入った4人として本当の意味でのfoltを早く馴染みたかったから。
そこにはじめ君とりょーま君から来年イベントをガツンとやっていこうかー、と話が出る。
話を聞いていくと、2ヶ月に1本のペースでイベントを組んで一年かけてやるものだった。
おもしろいものであったし、一年という長いスケジュールでやるなら、認識という点でうまく伝わるんじゃないかと考えた。
「今まで知っている人の記憶を越えて新しくなったものをみせたい、4人になってから前とは違うんだぞ」という意味で僕はrewriteというイベントタイトルを提案した。
提案は渋られたものの、決まりrewriteとしてイベントを固めていく作業に移った。
次に僕がとことん追求したのは、対バン相手にこれまでfoltと深く関わってきたバンドとライブしたいと挙げた事。
これはさっき書いた新生foltを見て欲しいからという点からくるものだった。
振り返ってみると、foltと昔から関わってきたバンドが多くいたと思う。
だけど、その色んなバンドが名古屋にやってきて新しいfoltのイメージを植え付けたのか、というとそれは分からない。
というより、直感的に出来てないと感じた。
こうしたいと思っている中で、うまく出来ない自分自身に苛立ったり悔しかったりした時がものすごく多くあった。
よくライブ終わりにウッチーと「どうしていくべきか」というものをすぐ話し合っていた。
きっとウッチーも同じような想いを抱いていたんだと想う。
rewriteを重ねる内にいつからか、僕はだめ野郎のイメージだけが残っていった。
自分で蒔いた種だからしょうがなかった。
でももっと本質的な部分での違う意味での認識が欲しかった。
foltでどんな立ち位置に行けばいいのか、ステージの振る舞いはどうするべきか。
そんな事ばかりがずっと頭の隅にあった。
そして、先日の2YOU MAGAZINEのインタビューで僕はこのバンドでもっともっと上へ行きたいと思った事がある。
記事を読んでいる人は分かるけど、インタビューの会話の中にsoulkidsとTWO FOURのバンド名が出てくる。
この二つのバンドは、foltと同期のバンド。
foltは前ベースが抜けてから、まともにバンド活動が出来なかった時期がある。
スタジオに篭る日々。
ライブで見るライバルの姿に悔しくなる時も。
まとめた原稿が送られてきたのでそれを読んでいると、ふと思い出す事があった。
「なんだよ、これ。俺の昔辿った道と同じじゃん。」
上に書いた、昔自分が経験した歯痒さをそっくりそのままfoltは経験していた。
僕はこのインタビューを受けるまでこのfoltの内面的な話は知らなかった。
ムカついてムカついてムカついて、フラストレーションが溜まっていたあの日々を僕は今でも覚えてるから、このバンドでそんな風にしたくない。必ずもっと上へ行ってやると、強く思った。
そうすると僕個人の認識がどうとかっていうのは不思議と薄まっていった。
まだ確かに頭の隅にはあるのだけど、考えるべきはfoltなんだと答えを出した。
例え今僕が認められなくても、今後認めてもらえるようにすればいい。
もっと全体で考えていこうと決めた。
そして活動をしていく中、思い出した事がある。
同様に上に書いた、音楽を信じた絆っていうものを再び感じた事。
メンバーそれぞれ想いに差異はあるものの、見ている方向は同じだと活動していく中で思い出し、確信に変わっていった。
僕は一緒に加入したウッチーの事もものすごく尊敬している。
忘れていた色んな音楽的な熱い感情を思い出させてくれている。
このメンバーならやれる。
こんなこと絶対普段言わないけど。
そんな新しくなったfoltから約1年。
この1年で色んな事を考えて失敗してきた。
だけど着実に何かしら形になっていってる実感と手応えは少しずつだけど、ある。
rewriteは通過点であるけど、僕はこれからのfoltの分岐点なると思っている。
始まりでも終わりでもないけど、この日は全ての人に何かを与えたい。
そして、これからのfoltにももちろん期待していてください。
明日はそのrewriteの最後の企画。
色んな思いを乗せてライブで表したい。
そしてそれをみんなに見て欲しい。
後数時間後、クラブロックンロールで待ってます。
それでは。
潮谷領二